当院のリハビリテーション室には、壁一面に【ボルダリング】があります。
今日のブログは、この「ボルダリングの壁」について、書きたいと思います。
この「ボルダリングの壁」のエピソードは、私が当院を開業する前の勤務医だった頃まで遡ります。
過去、私が勤務した病院に、神経難病の青年が「リハビリをして欲しい」と来院されました。
彼は、両側に短下肢装具を装着、さらには、両側にロフストランド杖を使用しており、手足の自由が効かない厳しい状態でした。
どんなに症状が厳しいものであったとしても、リハビリテーションには、『希望』が必要です。
患者様が『希望』に向かうための方向性は、リハビリテーションを行う上で、非常に重要なものとなります。
私は、その青年の『希望』に向かうための方向性を把握すべく、彼に「何か趣味はある?」と尋ねました。
青年からは「ボルダリング! ボルダリングが上手くなりたい!」との答えが帰ってきました。
「ボルダリング??」
お恥ずかしい話、その当時、私は【ボルダリング】と言う名前すら知りませんでした。
青年に「ボルダリング、出来るの?」と尋ねると、
彼は「もちろん!」と即答し、彼自身がボルダリングをしてる姿や、壁を登ろうとしている姿や、
壁の前でどう攻略するか悩んでる姿、などの写真を、私に対して得意気に見せてくれました。
どの写真もイキイキとした背中で、とてもいい表情をしていました。
両手両足が不自由な彼の「ボルダリングが出来るようになりたい」という”希望”に、少しでも寄り添いたい。
ならば、ボルダリングには、どんな動きが必要なのか、どういう動きを求めているのか、
どこの機能をどのように上げていけば、彼の”希望”に近付けるのか、などなど…、
時間を忘れてたくさん伺いました。笑
直ぐに機能評価を行い、「ボルダリングをやるんだ!」という希望を胸に、彼はリハビリテーションを開始しました。
リハビリテーションに臨む彼の表情は、未来を見据えて、希望に満ち溢れていました。
それが、私と「ボルダリング」との出会いです。
脳卒中の方々は、発症して直ぐは、ぐにゃぐにゃの弛緩性麻痺が見受けられますが、
発症からしばらくすると、麻痺した手足に「浮腫み」が出てきます。
時間の経過とともに、関節は内に内に曲がり込み、静かにゆっくりと関節が固くなったり、
曲がったままになったり、筋肉が固くなったりして、筋肉は徐々に痩せていきます。
血流が悪くなって、真夏なのに霜焼けが出来てしまったり、ずっと痺れていたり、
自分自身の体の一部であることさえ忘れてしまっていたり、と、健常者からは到底理解の及ばない変化をたどります。
それらの症状に伴い、麻痺した手は、思い通りには動かなくなり、細やかな手指の動きはできなくなっていきます。
どうしても、日常生活で必要な『つかむ』『にぎる』『つまむ』などの把持動作が、困難になっていきます。
私は、当院を開業するにあたり、それらの問題をどうにかして、改善したい・・・。
ありきたりの訓練用の道具だけではなく、楽しみながら改善に導けないか・・・。
なんとかして『ワクワク感』を取り入れられないか・・・。
そんなことを、来る日も来る日も、考えていました。
そして、たどり着いた答えが「ボルダリングの壁」です。
結果として、1人の神経難病の青年と一緒に過ごした経験が、アイデアとなって私の背中を押してくれました。
ちなみに、【ボルダリング】は、医療安全上の考えからは、真っ向から対峙するものです。
クリニックの壁一面に突起物がある・・・、医療安全上の常識からすれば、いいわけがありません。笑
でも、そもそも、リハビリテーション医や、療法士(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)は、
立てない人を立てるようにしたり、歩けない人を歩けるようにしたり、
料理で包丁を使って物を切ったり火の調節が出来るようにしたり、
食べ物を飲み込むことが出来ない人を飲み込めるように改善に導いたり、
「一度失った運動機能をもう一度出来るように導く』プロフェッショナルな医療集団です。
「患者様を良い方向に導くためには、常識なんて関係ない!」
そういう思いから、何も躊躇する事なく『ボルダリングの壁』を作ることに決めました。笑
もちろん、私は、ボルダリングの事など何も分かっていない素人ですので、
壁を作るにあたり、早速、ボルダリングジムに相談に行き、専門家に話を伺いました。
専門家の方に、医師としての様々な思いを伝え、多くの興味深い話を伺い、多くのアドバイスを頂きました。
そして、安全性を確保するために、全てのホールドを、丸みのある角の少ないもので構成することにしました。
当院では、ボルダリングを使い、『つまむ』・『つかむ』・『にぎる』などの把持動作の獲得や、
『にぎりこみ』・『ストレッチ』・『体幹トレーニング』『立ち上がり動作』『関節の可動域訓練』なども行っています。
実は… 0~9までの数字をちりばめて配置しています。
時には、高次脳機能訓練にも使っています。
ホールドは自由に配置を変えられるので、時には大胆に位置を変えています。
余談にはなりますが、ボルダリング競技に使う壁は、厚いコンパネがメインとのことですが、
当院のボルダリングの目的は、競技ではなくリハビリテーションなので、厚さ24mmの杉板にしました。
もちろん耐荷重は十分に計算されていますので、ご安心ください。
よじ登って頂いても大丈夫です。笑
壁一面に日本を代表する杉の杉板を使う事で、当院のリハビリテーション室には、杉の香りがほんのりと漂っています。
私は『かわぞえ医院』を開業するにあたり、患者様に提供できる【コト】や【モノ】を、あらゆる角度から考え、選択しました。
今回お話した「ボルダリングの壁」は、結果、他のクリニックにはない、とてもユニークな選択になったと自負しています。笑
ブログでは、今までの患者様とのエピソードや、医療情報について、発信していく予定です。
次回の更新を、是非お楽しみにお待ちください。